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妄想挿話製作所(旧)


休止した荒野(主に5)の妄想挿話の保管庫です。念のため「はじめに」に目を通しておいてくださいね。

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今はただ行うべきことを

娘の手指が、粉をはかってボウルに入れる。
さらに塩とイーストと脂を入れて、水を足しつつ5本の指でかき混ぜていく。
手のひらに生地を感じながら、練って、混ぜて、たたいて。
(やっぱり)
混ぜ合わされたら台の上にうつして、さらにこの生地をこねあげていく。たたんで、押し伸ばして、時々たたきつけて。
ぽろぼろと指の間にまとわりついていた生地が、やがてひとつにまとまった。
丸いかたまりにしてボウルに入れたら、布をかぶせて天火のそばへ。
マリナは一息つきながら、心の中でつぶやいた。
(全体に弱ってる。生地の感じが、全然違う)

テロリストとの戦いで、食糧事情は日に日に悪くなっていく一方だ。需要に対して供給が細り、結果ばかばかしいくらいに食べ物の値段が上がっていく。ベーカリーを経営するアイリントン家でも、材料の値上がりによって利益を出すのが難しくなっていた。
しかし、毎朝早くからパンをこねているマリナは、もっと微細でいわくいいがたい予兆を感じていた。実りが悪いと言うだけでなく、ここ最近パン生地自体の力が薄くなってきているように思う。もっと漠然としたものに、力を吸い取られてしまったような。

「でも、作らなくちゃ」
両腕を抱いたまま、マリナは声に出して告げる。彼女のパンを楽しみにしている人たちがいるのだ。町の中にも、町の外にも。
『マリナさんのパン、好きです』
少しだけためらうような声音で、年下の少女は言ってくれた。
『馳走になったな』
無愛想な大男は、賛辞の念をこめて告げてくれた。
『マリナのパンのにおいがするとね、ああ帰ってきたんだ、っていつも思うんだ』
何も気づいていない幼馴染の青年は、目を細めてこちらの心を揺さぶってくれる。
だからこそマリナは、できるかぎりパンを焼き続けていかなければと思う。発酵の時間が少しずつ延びるようになっていても、粉自体の甘みが前と比べて明らかに落ちていても。

「そろそろ、かな」
膨らんだ生地に指をさしてマリナはひとつ頷く。
やさしく押してガスを抜いたら、小さく切り分けてしばし休ませる。
かたくなっていた生地がもう一度やわらかくなったところで、手際よく形を作っていく。
油を塗った天板にいくつも生地を並べ、布をかぶせてもう一度発酵させる。
その間に薪をかき起こし、天火の温度を上げさせていく。
あとは釜に入れて焼くばかり。マリナは息をつく暇も作らずにくるくると働いた。

いや、本当は、息をついてしまうのが怖かったのだ。
ARMSを中心に世界中を巻き込んでいる戦いは、知らされている通り「現実的な」戦いなのか。
アシュレーが敵にして戦っているのは、本当にテロリスト集団だけなのだろうか。
そんな疑問が、ふとした隙に、彼女に迫ってならないために。




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